朝市月報

ちょびちょびコラム

物書きのちょびちょびおじさん
秋山紀勝(勝沼町在住)氏が
勝沼とかつぬま朝市を綴ります。






麦わら帽子おじさんのひとりごと 201406

チラシを配るおじさん 201308

かぼちゃ甘酒 201304

ハーモニカとマンドリン 201302

会話があふれる会場 201209

「タマ」をくれた人に感謝 201210
 


 かつぬま朝市によせて
 チラシを配るおじさん    秋山 紀勝(勝沼町在住)

私は2011年4月から毎回、かつぬま朝市に顔を出している。しかし、私は何も売っていない。ハーモニカやマンドリンを演奏している訳でもない。じゃあ、何をしているか、というと、私はそぞろ歩くお客さんに、「あるもの」を配っている。
それは「チラシ」である。何のチラシかというと、当初は「中電浜岡原発の無事故を訴える」チラシだった。その後、「浜岡原発の廃炉または恒久停止を訴える」内容に変わった。
中電浜岡原発は静岡県・御前崎市にあるが、かつぬま朝市会場がある山梨県甲州市勝沼町からは南西約130`に位置する。今後30年以内に88%の確率で起きるとされるM8程度の東海地震の震源域にあるため、東海地震が起きると浜岡原発で事故が起きる可能性が極めて高い。その場合、かつぬま朝市会場がある日本一のぶどう郷・勝沼町も放射能被害を受ける可能性が強い。かつぬま朝市は開けなくなるかも知れない。
甲州市議会は2011年6月議会で「浜岡原発の恒久停止」を満場一致で可決、その年の秋、甲州市長は中電に「浜岡原発の廃炉を求める要請書」を出した。2013年春までに、山梨県内27市町村のうち17市町村の議会が「浜岡原発廃炉」または「浜岡原発恒久停止」を議決した。
その理由は簡単明瞭である。「浜岡原発で万一、事故が起きると、山梨県内は放射能の被害を受ける可能性が強いから」である。一部の人(中電も含めて)は「浜岡原発で事故は起きない」と言うかも知れない。しかし、東電福島第一原発は、長年「どんな地震が起きても原発で絶対に事故は起きない」と言ってきたのに、2011年3月11日の大地震で壊滅的な被害を受けた。この瞬間、40年以上、信じられてきた「原発安全神話」は完全に崩れ去った。
次回のかつぬま朝市でも、麦わら帽子をかぶった私はチラシを配っている。                    (以上)
 
 
 









かつぬま朝市によせて
かぼちゃ甘酒    秋山 紀勝
(勝沼町在住)

果物、野菜、パン、クッキー……朝市では、さまざまな食べ物が売られている。朝、オープン前からファンの列ができる店もある。
そんな中に、「甲州天空かぼちゃ甘酒」があった。NPO法人甲州元気村のメンバーが開発したもので、まだ試作の段階だが、商品化を目指すという。
4月の朝市で同NPOの広瀬隆さん(53)が「甲州天空かぼちゃの甘酒ですよ」と声を張り上げていた。その横では「甲州天空かぼちゃ 栄養満点甘酒」と書いたのぼりがはためいていた。早速、この甘酒を試飲させてもらったが、なかなかの味だった。くせになりそうで、「商品化したらきっと人気が出る」と思った。
広瀬さんによると、天空かぼちゃと糀(こうじ)と米だけで作る。なぜ、天空かぼちゃというのか? 「遊休農地になっているブドウ棚を利用して栽培するカボチャを甲州天空かぼちゃと名付けたんです。そのカボチャを原料にした甘酒なので」と説明してくれた。メンバーの一人・小川真澄さんがこのカボチャを「甲州天空かぼちゃ」と命名、すでに商標登録も済ませたそうだ。
そのカボチャを原料にした甘酒は、NPOのメンバーが知恵を絞って作り上げた地元産の新製品である。広瀬さんは「商品化が実現したら当地でしか売らない商品にしたい」とも話していた。つまりこの地で、この風景を見ながら、この地の人と話しながら、この地で生まれ作られたカボチャの甘酒を飲んでもらうという発想である。
大量生産、広域大量消費の時代、この発想は素晴らしいと思う。もしかすると近い将来、「甲州天空かぼちゃ甘酒」のファンが、かつぬま朝市にどっと押し寄せる。そして、落語・目黒のサンマじゃあないが、東京などのファンが「カボチャ甘酒はかつぬま朝市に限るなあ」なんて言うかも知れない。
                         (以上)









 


 


かつぬま朝市によせて
ハーモニカとマンドリン    秋山 紀勝(勝沼町在住)

朝市では物を売る店が多いが、「音楽」を聞かせる人もいる。朝市に何回か参加した人は、「ああ、あの二人ね」と言うだろう。
ハーモニカを吹く川崎圀雄さんとマンドリンを演奏する勝沼のもっち、こと望月省吾さんである。川崎さんのハーモニカも望月さんのマンドリンも天下逸品の音色である。
川崎さんが吹く曲は、演歌、民謡、童謡、叙情歌、軍歌……とさまざまだが、懐かしい曲が多い。季節も考えている。春ならば「春が来た」、秋には「紅葉」、冬になれば「たき火」といった具合だ。「武田節」も出れば、時々、軍歌も登場する。藤田まさとが作詞した軍歌の名曲「麦と兵隊」(徐州々々と人馬は進む……)が流れると足を止める年配者が多い。
多くの人は気が付いていないだろうが、川崎さんは曲によってハーモニカを使い分ける、という凝りようだ。
一方、望月さんが奏でる曲は、映画音楽、タンゴ、シャンソンなどが多く、「第三の男」「太陽がいっぱい」「禁じられた遊び」など懐かしい映画音楽が登場する。一定の年齢の人ならば、「ああ、あの映画がヒットしたあの頃は……」と懐かしむだろう。
望月さんは、「百万本のバラ」も奏でる。私はこの曲を聴くと、十年以上前、六十歳で旅立った昔の記者仲間・Hさんを思い出す。彼は酒が入ると必ず、「百万本のバラ」を歌った。細いHさんはタイヘンなヘビースモーカーだった。「俺は好きなタバコを吸い続けて死ぬならば本望だ」と言い、いつも鞄の中に小さな酸素吸入器を入れて、タバコを吸う合間に酸素を吸っていた。
しかし、案の定肺がんにかかり、病院に駆け込んだときは、すでに手遅れだった。葬式では、「百万本のバラ」が流された。
私は「麦と兵隊」を聴くと、中国戦線に召集され命からがら帰還した父(3年前、92歳で他界)を思い出し、「百万本のバラ」を聴くと、必ずHさんを思い出すのである。     (以上)


かつぬま朝市によせて
 「会話」があふれる会場   秋山 紀勝(勝沼町在住)

時々、スーパーに買い物に行くが、品物の豊富さには驚くばかりだ。納豆売り場には二〇種類くらいの納豆が並んでいるし、カレーのルウはその二倍も並んでいる。あらゆる商品の種類が多く、私が子供だったころに比べるとまさに隔世の感がある。
しかし、私が子供ころ行った雑貨屋さんや八百屋さんなどには溢れるほどあったが、今のスーパーにはほとんどないものが、かつぬま朝市にはある。
それは「会話」である。
この十一月で一〇〇回を数えるかつぬま朝市は、毎回、売る人と買う人の間で、「おはようございます」「おはようさん」といった挨拶で始まる。その後、世間話から始まって、ブドウや桃の出来具合、地域の行事、果ては永田町界隈の話まで話題には事欠かない。
もちろん、「親父さん、これって少し勉強できない」というスーパーでは絶対に聞けないセリフも出てくる。その後の売り手と買い手のやり取りが実に楽しい。
「千二百円を千円にしろだって。とんでもねえ。それじゃあ俺は寝てる方がいいよ」「そこんとこを何とかしてよ」「ダメ、ダメ。本当に寝ちゃうよ」「寝ないで考えてよ」
こんなやり取りはこの朝市でしか聞けない気がする。そこには昔の商店の店先がある。生き生きした会話がある。人生の味がある。
毎回、たくさんの店が出るが、すべての店が黒字になっているとは思えない。赤字の店もあるのではないか。赤字なのにどうして毎回、出店するのか。あえて聞いたことはないが、こんな雰囲気が気に入っているのでは、と思う。
目先のソロバン勘定をしないで会話を楽しみ、長い目で考え、人間関係を作る。こんな売り手が多いと思う。そしてお客さんは、そんな売り手と会話をしながら買い物を楽しむために集まる。
私は、こんなかつぬま朝市が大好きである。     (以上)
 




 かつぬま朝市によせて
 「タマ」をくれた人に感謝  秋山 紀勝(勝沼町在住)

2011年6月、私は家族と一緒に朝市会場にいた。いつもの活気あふれる風景である。保育園の年長クラスと小学3年の孫も一緒だった。
おじさんが一人、ちょこんと座っている「店」の前で二人の孫は動かなくなった。面白いおもちゃでも売っているのかと思って覗くと、子猫が3匹、箱に入っているではないか。その前には「誰か
もらってください」と書いた札が置いてある。二人の孫は子猫を抱き上げて、「かわいい」「あったかい」などとご満悦である。そして、「この猫を飼いたい」「もらってゆく」と、もうデモ隊のシュプレヒコール状態で大きな声を出し始めた。
一緒にいた孫たちの祖母(私の連れ合い)は、猫が大の苦手である。「猫は飼いません。ダメ」「どうして?」「動物を飼うと手がかかるの」「自分たちで世話をするから」「世話なんかできないくせに」「絶対に世話するから」。結局、祖母が折れて一匹をもらった。
帰宅後がまた騒ぎだった。トイレ、餌の容器、寝床、そして名前……。こうしてメスのトラ猫「タマ」は我が家の家族になった。
 タマは人なつこい猫に成長したが、皮肉にも家族5人の中で祖母に一番慣れた。祖母が「タマ!」と呼ぶと、甘えた声で「ニャア!」と鳴きながらすり寄り膝にも乗るのである。しかしタマが、ネズミ、トカゲ、ヤモリ、モグラなどを捕ってくると、祖母は「きゃあ!」と言って大騒ぎする。小さな蛇を捕ってきた時は特にひどかった。
タマが今年の10月初め、後ろ右足にけがをした翌日から突然、姿を消した。孫たちはしょんぼりしたが、一番がっくりしたのは祖母だった。まる一日後、タマは帰ってきた。その時の孫や祖母の喜びようはタイヘンだった。
かつぬま朝市が取り持った「タマ」は今や完全に我が家の家族である。私は子猫をくれたおじさんに感謝している。朝市は子猫を通じた幸せもプレゼントしてくれた。         (以上)
 




かつぬま朝市によせて
麦わら帽子おじさんの独り言  秋山紀勝(勝沼町在住)

かつぬま朝市で、麦わら帽子をかぶった私のチラシ配りは、2014年の4月から4年目に入った。チラシの内容は最初、「中電浜岡原発の無事故を訴える」ものだったが、その後、「浜岡原発の廃炉または恒久停止を訴える」という内容に変わった。
かつぬま朝市会場から南西約130`にある静岡県・御前崎市にある「浜岡原発」で事故が起きると、かつぬま朝市会場がある日本一のぶどう郷・勝沼町も放射能被害を受ける可能性が極めて強く、朝市どころではなくなるからチラシを配り続けている。
チラシでは「浜岡原発を廃炉にして下さい、というハガキか手紙を静岡県の川勝平太知事と中電の水野明久社長に社長に出しましょう」と呼び掛けているが、5月の朝市からは「希望者にはハガキを差し上げます」という張り紙を出して、一部の人にハガキのプレゼントを始めた。
6月1日の朝市ではこんなやり取りがあった。
「このハガキ代はどうして工面するんですか」
「毎回、チラシ配布の場所に置いておく募金箱に集まる募金で賄います」
「足りるんですか?」
「5月の場合、二千六百三十円集まりましたから、52円のハガキが五十枚買えました。多分、6月も同じくらい集まるでしょう」
しかし、6月の募金額は七百円だった。でも、朝市フアンの一人が「ハガキ代が足りなければポケットマネーを出すからチラシ配りは続けて下さいよ」と言ってくれた。
世の中、捨てたものではない、と実感した。だからいつの日か浜岡原発は廃炉が決まるのかな、なんて思ってしまう。しかし、「あんた、そりゃあ甘いよ」という声が聞こえてきそうだ。
次回のかつぬま朝市でも、麦わら帽子をかぶった私はチラシを配っている。                     (以上)