かつぬま朝市ワインセミナーレポート
第90回 2017.9.3


参加者
県外8名 県内6名 計14名
講師
篠原シニアワインエキスパート 

ゲスト
弁護士、シニアワインエキスパート 東條正人様


アシスタント
深澤さん、尚枝さん


ワインリスト
1 ルバイヤート 甲州 シュール・リー 2015   丸藤葡萄酒工業(株)
2 Dm.シャトレーゼ勝沼ソーヴィニヨン・ブラン2016 (株)シャトレーゼ ベルフォーレワイナリー 勝沼ワイナリー
3 シャンテ Y.A TINTO 2016 (株)ダイヤモンド酒造
4 キスヴィン シラー 2015 (株)Kisvin



セミナーの内容
1 本日のテーマ 「ワインの香りの科学」
2 テイスティングワインについて
3 ワイン俳句について
4 ゲストの東條正人様のお話


レポート
9月。ぶどう農家は収穫で忙しい。ワイナリーも来月にかけてワインの仕込みに大忙しの季節です。7月の下旬の梅雨明け後の時期に連日雨が続き、収穫の早いぶどうには少なからず日照不足の影響がありましたが、その後は台風などの影響も最小限にすみ有難い日光のおかげでぶどうも順調に色づいています。今日もすがすがしいお天気のもとでのワインセミナーとなりました。

本日のゲストは、2回目のご出演となります弁護士でシニアワインエキスパートの東條正人さんです。ご職業柄きちんと裏付けをとったお話に定評がありますので本日も楽しみです。さっそくスタートしましょう。




東條さんのお話です。

皆さんこんにちは。ワインは外観、香り、味わいという3つでみていきますが、きょうは特に「ワインの香りの科学」ということをテーマにお話します。まず、人間の五感というと皆さん何がありますか?味覚、視覚、嗅覚、触覚、聴覚とありますが、ワインであれば、外観にあたるものが視覚でワインの色などを見ます。香りは嗅覚ですね。味わいは味覚ですが、苦味、甘味、辛味、酸味、渋味の五味があり、他に触覚はタンニンなどの感じ、聴覚はスパークリングワインの泡の音などを感じることが出来ます。

香りについて 香りをどこで感じるでしょうか。鼻の他に口や喉経由(後鼻腔と言います)で感じます。では香りとは何でしょう?皆さん驚くかもしれませんが、香りの素はすべて化学物質で出来ています。今日はそのことをわかりやすく説明したいと思います。専門家ではありませんので、思わぬ誤解があるかもしれませんが、私が理解したところをお話したいと思います。そして、ワインの香りには、第1アロマという果実由来の香り、第2アロマという発酵由来の香り、第3アロマという熟成由来の香りに分かれます。これらについてもみてみます。

1番目のワインは、ルバイヤート甲州シュール・リ― 2015です。

まず外観を見ましょう。甲州はほぼ透明に近い色ですね。色が淡いのと、味わいで飲んだ後に苦みがあるのが甲州の特徴です。次に香りを嗅いでください。何の香りがしますか?〜「柑橘系の香り、日本酒のような香りがする」の声あり〜 そうですね。柑橘のいい香りがしますね。また先程日本酒のような香りと言われましたが、甲州の香りで吟醸香と言われるものです。この吟醸香の正体は酢酸イソアミルという化学物質で、バナナのような香りです。どうしてこのような吟醸香は出てくるのでしょうか。これは低温発酵によるもので、白ワインは赤ワインよりも低い温度で発酵させます。そうするとこのエステルと言われる香気成分が出てきます。またこのワインは、シュール・リーという製法で出来たものです。シュール・リーというのは、発酵したワインを澱引きせずに澱と共に5カ月間位寝かせてワインに厚みを持たせる手法です。

さて、このシュール・リーの香りは、食パンの白いふわふわしたところの香りがすると思います。これは酵母の死骸である澱からくる香りです。時間が経つにつれて酵母の細胞膜が壊れていきアミノ酸や香りの要素が出てきます。これを酵母の自己分解とか自己消化とか言います。最近知った事ですが、澱と共に寝かせている間にバトナージュ(タンクの中のワインと澱を棒でかき回すこと)をしてやると、硫化水素の香り(温泉たまごや硫黄のような香り、還元臭とも言います)が付きにくいそうです。今回の吟醸香やシュール・リーの香りはそれぞれ発酵段階で生じる香りですので、いずれも第2アロマになります。

つぎに2番目のワインです。2番目のワインは、シャトレーゼ勝沼ワイナリー ソーヴィニヨンブラン2016です。

ソーヴィニヨン・ブランの代表的な栽培地は、北半球ではフランスのロワール地方とボルドー地方で、南半球ではニュージーランドの南島のマールボロなどがあります。
このワインからは、グレープフルーツやパッションフルーツのような香りをたしかに感じとれますね。これは3メルカプトヘキサノール(略して3MH)というチオール系の科学物質の香りです。3MHは暖かい所や完熟したぶどうから出てきます。さて、今日の肝の一つですが、なんでワインなのにブドウの香りではないのでしょうか。ぶどうの香りがするのは、実はマスカット系のぶどう位なのです。どうしてワインにぶどうの香りではなく、他の果物やお花やスパイスの香りがするのか考えたことがありますか?それは、グレープフルーツ自身にも、ぶどうであるソーヴィニヨン・ブランにも3MHという共通した化学物質があり、これを「香りの架け橋」というそうです。つまり、グレープフルーツにある3MHの香りとソーヴィニヨン・ブランにある3MHの香りが「香りの架け橋」として共通の香りとして感じられるのです。

3MHについてですが、ソーヴィニヨン・ブランのぶどうの実を直接食べても決してグレープフルーツの香りはしません。なぜかと言うと「香りの前駆体」というものが果実に入っていて、発酵時に酵母の酵素の作用によって香りが出てくるものが前駆体です。この3MHの香りも醸造段階で出てきますので第2アロマになると思います。ソーヴィニヨン・ブランの香りにはこの3MHの他に、メトキシピラジンというピーマンのような青い香り(その他に青い芝生、ハーブ、カシスの芽などと言う香り)も出ることがあります。メトキシピラジンですが、青っぽい香りということで、冷涼な所や収穫を早くした場合に出やすいです。ちなみにソーヴィニヨン・ブランは、カベルネ・ソーヴィニヨンの交配上の母親(めしべ親)なので、カベルネ・ソーヴィニヨンからも代表的な香りとしてメトキシピラジンが出てきます。

話が少し難しくなってきたので一息入れましょう。実験です。

まずグラスに入ったソーヴィニヨン・ブランの香りを確認します。グレープフルーツあるいはハーブのような香りが出ていると思います。このワインの中に10円玉を入れてみてください。どうでしょうか? 〜「香りが消えた。」の声あり。〜 3MHの香りが10円玉の銅とくっついて揮発しなくなるのです。甲州でも3MHの香りを強く持つワインが登場してきていますが、そういうワインを造る場合には、ぶどうの木に消毒液のボルドー液(硫酸銅+生石灰+水)を散布しないことで銅との結合を防ぎ香りを出していくということです。

3番目のシャンテY.A.ティント2016 に移りましょう。ティントとは赤色の意味です。

さてどんな香りがしますか? 〜「甘い香りがします。」の声あり〜 このワインはマスカット・ベーリーAと言う品種から造られています。甘い香りの正体は、フラネオールとメチル・アンスラニレートという2つの物質です。フラネオールはキャンディーやイチゴの香りになります。この物質はフォクシー・フレーヴァーと言われる香りで、キツネが好む香りだとかいろいろ言い伝えがあります。このフォクシー・フレーヴァーはヴィティス・ヴィニフェラというワイン専用品種(ヨーロッパ系品種)では出てきませんが、ヴィティス・ラブルスカというアメリカ系のぶどう品種には多く出てきます。皆さんはファンタ・グレープやウエルチのようなジュースでこの香りに馴染みがありますが、ヨーロッパでは馴染みがないせいか好まれません。マスカット・ベーリーAは川上善兵衛さんが母ベーリー(ラブルスカ)と父マスカット・ハンブルグ(ヴィニフェラ)とを交配して出来た品種です。それでラブルスカの遺伝でフォクシー・フレーヴァーが出てくるのだと思います。

マスカット・ベーリーAのワインを造るテクニックはいろいろあると思いますが、その内2つお話します。その1つとして、マセラシオン・カルボニック(MC法と略します)があります。これは密閉タンクに二酸化炭素を充満させてその中にぶどうを入れると、果実の細胞内の酵素によって発酵が始まります。ボジョレー・ヌーヴォーはまさにMC法によって発酵させていますが、この方法でやるとキャンディーやバナナの香りが出てきます。もう一つにセニエという方法があります。赤ワインの場合、果皮と果汁が接触していると、果皮から赤い色素やタンニンが抽出され、液体の色が濃くなってきます。色の薄い上澄み液を抜き取って、残った液体と果皮との接触面積を大きくすると、さらに液体の色が濃くなります。ちなみに抜いた上澄み液はロゼワインとして使われます。多分このワインはセニエをして濃くしているのではないかと思われますマスカット・ベーリーAの今のトレンドは、セニエをして、樽熟成をすることによって、フラネオールの香りをマスキングするという方向でマスカット・ベーリーAが出来ていると思います。

時間がなくなってきました。

最後のワインはキスヴィン シラー 2015になります。

シラーという品種のキーワードは黒コショウ、白コショウの胡椒です。ロタンドンと言う化学物質です。たしかにこのワインからは胡椒の香りが取れますね。 〜頷きあり〜 シラーの世界の主要な生産地は、フランスのローヌ地方の北ローヌとオーストラリアです。同じぶどう品種ですがフランスではシラー(Syrah)、オーストラリアではシラーズ(Shiraz)と呼びます。比較的冷涼な地方ではロタンドンの香りが出やすいと言われているようです。

終わりに
今回は香りの科学ということにフォーカスしてお話しました。外観や味わいなどはまたの機会にお話できたらと思います。最後に香水のお話をします。有名なシャネル5番という香水は、1921年にフランスのファッションデザイナーのココ・シャネルという女性が造ったものですが、香水と言えば良い香りだけを選んでブレンドしていると思いますよね。ところが彼女の凄いところは、アルデヒドという脂っこいくさい臭いの物質を加えたことです。従来の香水の常識を打ち破ったシャネルの5番は爆発的に売れたそうです。化学物質も単体では良くない香りでも量を調節したりブレンドすると良い香りになるという事です。

今回のお話は以上です。
お話をさせていただく上で、昨日の日本ワインコンクールの公開テイスティング会場でワイナリーの方から直接教えていただいたことが大変参考になりました。皆さんも機会を見つけて醸造家の方にお聞きになることをおすすめします。本日は有難うございました。


東條さんのお話が終わりました。密度の高い内容でしたね。香りというとテイスティングでは外観、香り、味わいの3つの項目の中で、表現が一番難しいところです。ワインの原料はぶどうだけなのに、なぜレモンの香りやりんご、いちご、ハーブ、スパイスなどなどの香りが出てくるのかという疑問を皆さんお持ちだったと思いますが、先程のお話で頭の中がすっきりしたと思います。これからワインを飲む時も、モヤモヤがとれてさらにワインが美味しくなることでしょう。くれぐれも飲みすぎにはご注意を!

飲みすぎといえば、驚きましたね!本日の講師ですが、昨日の日本ワインコンクールの公開テイスティングの後、はしごを何軒かしたそうですが、この難しい内容のお話を何の資料も見ないでずーっと語ってくださいました。ビックリです。
本当にワインがお好きで、興味を持ったらとことん追求するという普段の姿勢が、こんなにも豊かな知識の持ち主になるのですね。・・・ 見習って努力します。


東條さんお忙しい中をご出演くださいまして誠にありがとうございました。またお話を聞かせていただくのを楽しみにしております。さて、次回も素晴らしい女性の醸造家をお招きしています。どうぞお楽しみに! 篠原



お待ちかねワイン俳句です。
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