〜新年のご挨拶〜


20090101
新年明けましておめでとうございます。

例年より少し暖かいお正月と感じるのは私だけでしょうか。


経済大国で(ある)あった日本、その底力の無さをもろに露呈してしまった2008年の終わりでした。やっぱり無理をせず、高望みをせず、自分を買いかぶらず、のんびりと、自らの歩調で、やれれば、それが一番いいと、感じました。

誰しもが不況のせいにしちゃうので、踊ってたり、踊されてたり、実は、していたことを忘れがちですが、やっぱそこは自分の立ち居地が時代や経済の潮流のどこにいるのかをしっかりと見極めていないといけないことを学びました。

かつぬま朝市はおかげさまで、回を増すごとに来場者、出店者、賑わい、注目度ともに増えて来ているのは事実ですし、とてもうれしく思いますし、もちろん誇らしくも思います。でもこれはバブルなのかもしれません。アメ横が不況であると賑わうように、食べ物の安全性が問われると地場の直売に殺到するように、もしかしたら時代の中のただ一時の人々の意識の変化が働いただけかもしれません。

円高ウォン安の韓国にはこの不況と騒がれている今日もとんでもない数の日本人の皆さんが“お得よね”“節約になるよね”と殺到し貴重な日本円を持ち出してくれています。かたや会社を解雇され、住まいを失い、路頭に迷う人が増え続けています。いったいどっちが日本の顔なんでしょう。きっとどっちも日本に顔なのです。

でもやはり私たちは日本人として時代における自分の立ち居地をしっかりと確認しておくべきだと思います。

為替とか株とか土地とか相場が上がったり、下がったりするものに踊ってしまっても、何かベースになる“日本”であるとか“故郷”であるとか“家族”であるとか“地域”であるとか根底のものがしっかり存在していないと、結局、相場の上下、損得に一喜一憂して、そこに費やした時間や労力はすっかりカウントされぬまま、平たくしてみれば結局は“行って来い”だった、でも時は失ってしまった、で終わってしまうのではと。

景気がいいから、悪いから、でなく、勝沼として、地域として、故郷として、当たり前に朝市が存在して、売り買いだけでなく、人々が何かを求めてそこにくる。そこには“あがった、下がった”“損した、得した”でなく、時を実感できるもっともっと大切なもの。かつぬま朝市はそんなものを提供していきたいです。

なんだか年頭からかつぬま朝市にしては重たい話になってしまいましたが、円高や不況にもろに影響されてしまう業を生業としている“ウエブマスター兼かつぬま朝市会長の私”とちょっとここで語らせていただきたいなと。。。皆様の迷惑も省みず。

2月からまたマイペースでやらせていただきますので、遊びに来てやってくださいませ。



平成21年元旦 かつぬま朝市ウエブマスター兼会長 高安 一




&今年一番最初に「あけましておめでとうございます」を自動販売機に言われてショックを隠せない 影のボス 小澤正光